歌が歌えたらなあとおもうよ

歌が歌えたら

ボーカリストに背が低い人が多いのに関して、私なりに仮説がある
多分自分に自信がないんだ 根本的な自信がない (または、根本的な自信が実は嘘)
歌が少しうまく歌えたときに ほめられて そして自分自身に少しだけ自信がつくんではないだろうか
それで段々 歌う自分とただの自分がごっちゃになって 嬉しくなっちゃって また歌いたくなって 褒められたくて 認められたくてってなる
だからボーカリストには背の低い人が多い(接続詞が変) 背が低いコンプレックスを声でカバーしようとした結果 云々 でかい声出せば体が小さくても気付かれる 云々
そういった意味で 歌うことは自分にとってすごくいい薬だった 高校時代 アイデンティティの形成に役立った 笑
でもそのお陰もあって、かなり高飛車でした(今もだけど、特に…) すいません 誰にも負けたくありませんでした てか負けてないと思ってた実際 すいません
でもやっぱ創造性のなさとか 他人に張り合いたくなるところとか いろいろが駄目で やめた(具体的に言えば、人様に「歌ってます」と言うのをやめた)
高1の頃 先輩に 音程ははずさないけど、まっちらしさみたいのがまだないねといわれたのを ずーっと覚えてるけど 忘れたふりでずっといた 彼は鋭かったなあ

で さ

語学ができるようになる喜びも、まあ似たようなものなんです 私にとって
言葉を発するのは歌うのとほぼ一緒であって いかに正しい発音で話すかっていうのは、音程をはずさずに歌うことと同じ ニュアンスを掴むのもそうだ けっきょく耳コピが全てだ
そして、ある程度できるようになってほめられると 自分自身をほめられてるような気分になってさ 授業でいっぱい発言しようとしたり
けっきょく同じことを繰り返してしまう 小手先の技術ではどうにもならないところは どうにもならないままなのに 忘れちゃってさ
考えのなさとか 知識のなさ そういうのを放っておいて ただただ表面だけを切り取る力がついていくんだよ
英語の正しさはここにある your english is good であって you are good ではないことに気付くのだ
この一年 相変わらず 要領も悪いし 思慮も浅いし 知ったかぶり 興味のあることも深く掘り下げられぬまま 人の批判ばかりして
唯一得たものは 真摯に話すときは話せるようになってきたことかもしれない 言葉が足りないゆえにストレートに話す それだけでもまぁ、よかった かなあ

さ て お き

帰るまでに1曲くらい 意味も発音も全部しっかり
理解して共感してそらで歌えるような
気持ちのいい歌を覚えたいなあと思う 
どこで発表するわけでもないんだけどさ